解離性健忘
明朝9時。携帯電話が鳴った。
看護士の渡辺さんからだった。
美月に起きた事件の真相がわかったとのこと。
電話で話せるほど単純ではないらしい。
寝床から起き、着替えて
車を病院へ向ける。
いつもの病棟に入ると
渡辺さんが待っていてくれた。
そのまま診察室へ通された。
ドアを閉め、椅子に座り、ちょっと待つ。
渡辺さんがドクターを呼んできた。
主治医ではない、初めての先生だ。
始めに渡辺さんから昨夜の一部始終について
話をしてもらう。
「渡辺さん、美月にいったい何が?」
「七瀬さん、心して聞いてね。
今から話すことはすべて本当の事よ。
覚悟して聞いて」
そんな覚悟が必要な話とは一体何だろうか?
想像もつかない。
渡辺さんがゆっくりと
言葉を選びながら話し出す。
美月は就寝時間後、やはり外に出ていた。
渡辺さんは後をつけて行った。
夜中の1時過ぎだったという。
中庭にたたずむ美月を見て、
渡辺さんは声をかけようとした。
しかし、その表情を見て
声が出なくなったという。
美月が天を仰いで
ニヤニヤと笑っていたのだという。
真夜中の病院の中庭で、
上を向いて独りニヤニヤと笑う
病衣の少女。
それだけで恐怖だ。
しかしそこは渡辺さん、
とっさに違和感を感じ取り
直ぐに美月に駆け寄って
正気かどうか確かめたらしい。
すると美月は
「ええ、今日は散歩するには良い晩ですねぇ」
と冷静に受け答えした。
それも、まるで大人が話すかのように。
呆気にとられた渡辺さんだったが
病室に帰るように促した。
美月は
「今日の散歩はおしまいにします。
またの機会に」
と言い放ち、持っていないはずの
セキュリティカードで颯爽と病棟に戻って行った。
それを追って病室へ向かう。
美月は既にベットで寝息を立てていたという。
そして明朝、美月に昨夜のことを
問いただすと、やはり知らないと言う。
もう見つかっているのだから、ウソをつく必要は無い。
ということは、本人に自覚が無いということだ。
これが美月に起きた一部始終だ。
セキュリティカードは、母からこっそり
くすねたものだった。
しかし、寝ぼけて歩き出すというには
ちょっとレベル違いすぎる。
困惑気味のボクの顔を見て、
ドクターが話し始めた。
「妹さんは、おそらく解離性健忘でしょう」
「かいりせい・・・、けんぼう?」
「ええ、強いストレス状態や極度の緊張状態になると
一時的に自覚は無いのに知らない場所へ
行ったりすることがあるのですよ」
「一種の防衛反応なのですが、例えば幼少期に
虐待や性的暴力なんかを受けると、そういう傾向が
強く現れる人もいます」
「今妹さんは、大病という強いストレス下にある。
それからの逃れようという心が
自分の行動の記憶を無くさせてしまったのかもしれません」
「どちらにしても、根本原因であるストレスを
軽減しなければなりません。
これからは目を離さないように
しなければなりませんよ」
よく一心同体というが、
体が壊れると心まで病んでしまうのだろうか?
何をしてやればよいのか、まったく検討がつかなかった。
無力な状況に押しつぶされそうな気分だった。
by nanase-kana
| 2009-06-02 19:30
| 回想