夕間にて
話し込んでいるうちに
すっかり日が暮れていた。
女子二人、入浴中。
普段では聞くことのできない
はしゃぎ声が風呂場の方角からする。
まるで修学旅行のノリだ。
何を話しているのかはわからないが
賑やかなのはやっぱりいい。
カララ。
浴槽と脱衣所の間の扉が
開いた。
「おーい!ボディソープないから持ってきてー」
相変わらず大きな声だ。
「それなら脱衣所に
買い置きがあるから勝手に使って」
ボクもつられて大声で叫ぶ。
そういえばこの家で
こんなに大声で話したのは何年ぶりだろうか。
美月とボクがほとんどで
たまに母と舞子さんが居るくらいだ。
大声を出すタイプの人はいない。
夕飯の準備をしなければ。
思い立って台所へ向かった。
今日のメニューを冷蔵庫と相談しながら
あれこれ考えていると、
風呂場からリビングへ向かう廊下から
二人の足音が響いてきた。
「いやー良い湯だった。
やっぱり広い湯船はいいね」
頭にタオルを巻いた美月と雪美姉さんが
リビングのソファーにドサリと座る。
「おーい!ビールは?」
「これで我慢しておきなさい」
とボクはすかさず冷蔵庫から牛乳を出して
二人の前に置いた。
「よしミルクか!
じゃあ美月ちゃんお約束のアレやるよ」
「アレ?って」
「何だ、知らないの?
じゃあ姉さんのマネしてみて」
おもむろに右手に牛乳を持ち、
左手を腰に当てた。
美月も同じ姿勢を取る。
「さぁ、この姿勢で一気に飲み干すの」
二人で同じポーズをしながら
コップを一気に傾ける。
ミルクがみるみる
口に吸い込まれて行く。
一足先に飲み干した姉は
「タンッ」と勢いよくテーブルにコップを置くと
「プッハァー!
この一瞬のために生きてるね」
確かに銭湯ではお約束だが
美月には何のことか
わからないだろう。
牛乳を飲みながらその様子を眼の端で
見ていた美月が、その台詞までマネをする。
「姉さん、それはネタが古すぎて
今の子にはわからないんじゃ?」
「えっ?そうなの?」
ボクがそうツッコミを入れると
三人で爆笑した。
今日の夕食のメニューを思いつかず
考え込んでいると
姉がリビングから台所にやってきた。
勝手に冷蔵庫を開ける。
「おっ、なんだ、お餅があるじゃん。
雑煮にしようよ」
それなら簡単だし直ぐにできる。
餅を軽く炙り、醤油仕立ての出汁をベースにした
汁に入れる。彩りを兼ねた野菜と鶏肉を入れて完成だ。
他のおかずは、おせち料理の残りでまかなうことにしよう。
料理をリビングに運ぼうとしたところに
突然姉が顔を近づけてきた。
「いい事教えてあげようか?」
大声が専売特許のくせに
ひそひそ声で話しかけてくる。
「何?」
「美月ちゃん、結構、胸おっきく育ってるよ」
「・・・は?」
「いやねぇ、アレなら奏も
将来が楽しみなんじゃないかなーって」
「ほっとけ!」
とボクが言い放つと
「あたしもご飯運ぶの手伝う」
いつの間にか美月が
台所に入って来ていた。
危ない。
話が聞こえてしまったかもしれない。
姉のノリは昔からこうだ。
でも今日は
はしゃぎ過ぎではないだろうか。
その裏にある真意が気になった。
美月に関係しているのは明らかだ。
付き合いを避けていた家への突然の訪問。
性急な家族としての親密な態度。
少し無理のあるノリの良さ。
穿った見方をすると
ポジティブなことは
思い浮かばない。
なんとなく想像はつく。
でもハッキリとした
言葉を聞いてしまうのは
少し怖い。
by nanase-kana
| 2013-01-06 19:59
| 回想