情愛の応援
寒さ厳しい朝。
思わず前かがみになってしまうほど気温が低い。
寒がる雪美姉さんを送り出す。
ボクらは早速お出かけの準備をする。
今日は、いつもの公園とはちょっと離れた
別の公園に行くことにした。
美月に厚着をさせ、
ハンドルを握る。
車を走らせると20分ほどで到着する。
エンジンを止め、ドアを開けて駐車場に降りると
冬の冷気が一気に身を包み込む。
この時期の冷えは
体の芯まで凍らせる勢いだ。
ここはいつもの場所と違って
園内の大部分が野球場になっている。
風も強いせいか
親子連れがグランドで凧揚げをしている。
幸せの空気が芝生の上に見て取れた。
「ねぇ、あれなぁに?」
不思議そうに地面を見て指差す。
眼を下に落とすと、ホームベースがあった。
野球場だからあるのが普通だ。
でも野球観戦すらしたことのない
美月にとってはわからないだろう。
「それはホームベースだよ」
「ホームベース?」
「それを踏むと自分のチームに1点入るんだ」
ボクは思い切り説明を端折った。
理解させるには
野球のルールから話さなければ
ならなかったからだ。
それでは話してるだけで
お散歩時間が終わってしまう。
「へぇ~、じゃあ」
と美月は嬉しそうに
ホームベースの上に立って
「1点取れた」と誇らしげに言い放った。
ルールがわからないので
突っ込みようもないが、
妙に嬉しそうだったので
それ以上の話はしなかった。
美月のスポーツ経験は皆無だ。
少しだけ参加できた体育の授業でさえ
ほとんど見学だった。
昔、町内のドッジボール大会に参加したことがあった。
早々にボールをぶつけられ
ずっと外野で座り込むだけの参加だった。
スポーツの面白さや充実感なんて
知るべくもない。
しかし、自由に体を動かす喜びだけは
誰よりもよく知っているはずだ。
「動かす」というよりは「自由に」という
部分が、彼女にとっては重要かもしれない。
幼少期からほとんどの時間がベッドの上だった。
だから体を思い切り広い場所で自由に動かす
という体験は、ボクらが考えるソレとは
大きく違うだろう。
ボクはゴムボールを用意してきた。
これならば、当っても怪我の心配はない。
そしてスポーツをまったく知らない
美月にもルール無視で簡単にできる。
「えいっ」
ボールを投げ上げて遊ぶ。
冬の陽射しを受けて
濃い影が地面に落ちる。
「かなちゃーん、これ前にもやったから
違うことしたい」
実はそういうリクエストも
あるだろうと思って
今日の公園を選んでいた。
「あっちにアスレチックがあるから」
と言うと美月は風のような速さで
走って行った。
「うんわかった。気を付けるね!」
本来は活発な子なのだ。
そしてボクの心を見透かすかのような言葉。
体さえ大丈夫なら、男勝りのおてんば娘に
育っていたかもしれない。
太陽の方向をふと見やると
遊具に冬の陽射しが煌々と照りつけていた。
それがいい具合にシルエットになっていて
まるで影絵のようだった。
こんなに遠く離れているのに
なぜか滑り降りる美月の姿は判別できた。
心配し過ぎも良くない。
自立できなくなる。
体が駄目でも心は
いくらでも強くすることができる。
今朝、雪美姉さんから言われた。
確かに理屈はそうかもしれない。
でも美月の場合は事情が違う。
体が弱るにつれ、心も弱くなるのが
普通じゃないのだろうか。
と言い返したら
雪美姉さんはニヤリと笑って
「じゃあ逆もできるよね?
心が強くなれば体も強く元気になるかもよ」
この一言で雪美姉さんが
何をいいたかったのか
理解できた。
「病は気から」
という至極当たり前のことを言いたかっただけではない。
周囲で支える人間も気持ちを強くしなければ
ならない。
たぶんそうだ。突然の訪問は
美月のためだけではなく、
ボクの応援のためでもあったのだ。
雪美姉さんの情愛の深さに
ボクは改めて心の中で感謝した。
ボクが気落ちしてどうする。
両掌でパチンを顔を叩いて気合を入れる。
暗い気持ちじゃ、誰も支えることなんてできない。
少しでも希望を持てることをしっかり考えよう。
by nanase-kana
| 2013-01-12 22:12
| 回想