見晴らしの丘
元々は工業団地のために山を切り崩して
造成した人工的な場所だ。
その丘にはちょっとした展望台がある。
丘を数十メートル登れば田舎の眺望を楽しめる
ようになっていた。
もちろんそこから見えるのは
森の木々や山々であることは
想像に難くない。
ただ折角の機会だから
美月にも見せておきたかった。
冬の陽射しも少し傾いてきた。
陽だまりは僕らに温もりをくれる。
冷え切った体に手を差し伸べてくれる天使のようだ。
美月と二人で息を切らせながら丘を登る。
「はぁ、こりゃ日ごろの運動不足が祟るなぁ」
ボクがぼやくと、美月がスキップしながら
どんどん前に進んで行く。
「かなちゃーん!遅い遅い!先行ってるよー」
軽やかなシルエットを残して
遥か先に美月の姿が消えて行った。
数分後ー
呼吸を乱しながらようやく
丘の頂上までたどり着く。
想像よりも、開けたところだった。
周囲の木々が少し視界を遮っていたが、
見晴らしを堪能するには十分な空間だった。
美月が立っていた。
視線を遠くにやっていた。
少し前までの、元気で溌剌とした気配は形を潜め、
静かに佇む少女になっていた。
傾いた陽射しのせいもあるのだろう。
触れることのできない
遠くの世界に居る人のように見えた。
鼓動が高まる。
登り坂のせいではない。
理由は分からない。
なんとも言えない、不安な気持ちになった。
じわじわと胸が締め付けられるような感覚。
漠然とした不吉。
この感情、表に出してはいけないと反射的に思った。
「あ、かなちゃん遅いよー」
美月がボクに気付いて
微笑みかける。
一気に溌剌とした雰囲気が戻った。
ボクの不安な気持ちも少し和らいだ。
眼下に木々や住宅、工場が臨める。
地平線際には遠方の山脈が見える。
脊梁山脈の始まりだ。
「いい見晴らしだね」
「うん。でも何だか少し寂しいね」
「どうして?」
「わかんない。一人でここに立ってると
世界から自分が忘れられちゃったみたいで悲しいの。」
ボクの鼓動がさらにドキンとする。
そうだ。ボクが感じたこの感覚は間違いなかった。
「美月は一人なんかじゃないよ。」
そっと右手を握る。
「でもね、あたしが死んじゃったら
みんな直ぐに忘れちゃうんだろうな。
そう思ったら・・・」
両目から涙がスゥーッと伝い落ちた。
ネガティブ思考はいけない。
気持ちが暗転すると止めるのが大変だ。
まるで坂道を転がり落ちるように。
美月の正面に回る。
膝を少し曲げて二人で目線を合わせる。
「いいか、美月は独りなんかじゃない。
みんな一緒だよ。そして死なないから大丈夫。
歳取ってるお兄ちゃんの方が先に天国に
行っちゃう予定だからな。
むしろ忘れられちゃうのを心配するのは
こっちだよ」
話を逸らして、こつんとオデコをぶつける。
涙を流しながら、美月もうんと頷く。
「もう泣き虫は全然直らないなぁ」
と言うと、ボクも貰い泣きしていることに
美月が気がついた。
「かなちゃんだって泣いてるじゃん!」
「えっ? バカ、これは目から鼻水が出てるんだよ!」
「ウソだぁ~」
二人で笑う。
ようやく不吉な雰囲気が晴れた。
美月も体を動かして、一気に気分が
解放されたに違いない。
そして日ごろの鬱蒼とした不安も
一緒に外に出てきたのだろう。
でもそれを涙や言葉にすることで
開放できたに違いない。
冬の陽射しがさらに低くなり
やさしい温もりでボクらを
包んでくれていた。
by nanase-kana
| 2013-01-14 17:42
| 回想