長い長い初詣の日(2)
湯島神社を目指して歩く。
歩くにはちょうどよい気温だった。
厳冬ではあったが、日陰に入らなければ
かなり暖かく感じる。
結論から言おう。
湯島神社も同じく大混雑だった。
辛抱強く並んで境内に入れたとしても、
中でゆっくり雰囲気を楽しむことなど
到底できない。
見ているだけで人に酔いそうな状況。
そうだ。毎年1月はセンター試験だ。
学問の神様でもある湯島は
受験生とその関係者でごった返すのを
忘れていた。
「ここも厳しそうだね。どうしようか?」
あくまで美月の体調を考慮しながら
できるだけ希望を叶えてあげたかった。
返事は無言だった。
勢いで言い出したものの、
どうして良いかわからないようだった。
申し訳なさそうに眉間に皺を寄せる。
「じゃあ上野公園まで行こうか」
パッと表情が明るくなる。
上野公園なら広くて神社もある。
博物館も美術館もある。
そして多くの動物を見ることもできる。
湯島から上野までは
美月の足でもなんとか
歩ける範囲だった。
今日はすこぶる体調もいい。
調子の良い時はなるべく
二人で歩いて行きたいと思っていた。
徒歩は車や電車、自転車、バイクなどとは
違った発見がある。
美月にはひとつひとつ世界を
じっくり感じて欲しい。
幼い頃から病院生活が長く続くと現実感を喪失する。
病院が世界のすべてになり、外界はテレビや
ネットの中だけのものになる。
八百万の息吹をその手で、眼で、肌で、鼻で、口で、足で
五感全部で感じ、すべてが実体を伴った現実であることを
しっかり認識させたかった。
上野公園へは不忍池側から入る。
ここだけ吹きさらしのせいか、かなり風が強い。
瞬く間に体温を奪われる。
冬の枯れ木を風が薙いで
ビュービューと乾いた音が響く。
鳥たちも日なたに集まってじっとしていた。
池にボートで漕ぎ出すカップルもいた。
さすがこの強風では、美月でも乗りたいとは
言い出さないだろう。
ふいにぐっとボクの右腕が捕まれる。
「ううぅ、寒いよ」
寒さのせいか、美月が寄り添って来た。
厚着をして来たつもりだったが、
手袋を忘れていた。
しっかりと手を握って包み込む。
暖めるようにこすり合せる。
「風に向かって歩くと息できないのが
凄く怖いね」
一瞬何を言っているのか理解できなかったが、
確かに強風に対して正対すると息が苦しくなる。
どうやらコレが美月にとっては
恐怖の対象のようだった。
擦り寄って来たのは寒いからじゃない。
怖いからだ。
息苦しい、つまり自発呼吸が上手くできない
発作の状況を思い出してしまうのかもしれない。
これに勘付いて、コートの懐に美月を入れるような
格好で歩く。傍から見るとかなり怪しい姿だが、
こうすれば呼吸を妨げられることもない。
上野公園内の神社に着く。
人出はさすがにまばらだった。
それでも平日に比べれば賑やかな方だった。
すかさず二人でお参りをする。
今までの鬱憤を晴らすように
じっくりじっくり長い時間をかけて
手を合わせる。
「何をお願いしたの?」
「美月の健康と平和と幸せ」
「あたしは家族の幸せ。でもちょっとね・・・」
下を向いて少し不満そうだった。
「もう一箇所行きたい神社があるの。えっとね、明治神宮。」
「ええっ! まだ行くのか?」
そうは言っても、今日ほど調子の良い日もなかなか無い。
ぜひ希望は叶えてあげたかった。
美月にとって時間はとても貴重だ。
「時は金なり」ではない。
「時は命なり」なのだ。
ここから明治神宮までは、結構距離がある。
上野駅まで歩き、そこから原宿駅まで行くのが
順当だろうな、と携帯電話でルートを調べるフリをして
美月にバレないようこっそり病院の位置をチェックしていた。
「ところで、どうして明治神宮なんだ?」
「着くまで秘密ぅ。」
ポケットに両の手を入れたままニコッと笑う。
やけに含みのある笑みだ。
何か企みがあるのだろうか。
「わかったわかった。気になるから早く行こうか」
「やったー、話がわかる大人の男になったねぇ、かなちゃんも」
テンションもトーンも高い声で話す。
身も心も絶好調のようだ。
これならまだしばらく歩いても心配ないだろう。
一日に四つの神社を梯子する。
もはや初詣でも何でもなくなっていたが、
きっとたくさんの神様に
お願いしたい「何か」があるのだろう。
by nanase-kana
| 2013-01-20 17:24
| 回想