連鎖
検査の結果、またしばらく入院が必要になった。
縮小していた病巣が、実は肥大傾向にあった。
結果を聞いて落ち込むボクとは対照的に、
当の美月はケロリとした顔をしていた。
ものゴゴロついた時からこんな調子だから
少々の悪い知らせにはもう慣れっこになっていたのだ。
「そんなに悲しい顔しないで」
美月が爽やかな笑顔で喋る。
かえってボクの方が励まされるという
変な構図になってしまった。
でもその笑顔からは
不安の影が密やかに滲み出ていた。
帰宅して入院の準備を始める。
準備と言っても普段から「入院セット」と称して
大型の旅行鞄に主要な物はパッキングしてある。
だからバタバタと慌てる必要はない。
「他に欲しい物とかある?」
ボクが聞くと
「今回はいい。また直ぐ帰って来るから」
少し寂しそうな顔をして
ボクから目線を逸らして返事をした。
「そ、そうだな。必要があれば直ぐに持っていくし」
二人とも微妙にぎこちない。
それには理由があった。
なぜなら、もう大きな再発はないだろうと
言われていたのに、入院勧告があったからだ。
入院すれば辛い治療が待っている。
辛さだけならまだしも、「本当に治るのだろうか?」
という無限の疑念が湧き上がって来る。
疑念は不安を呼び、不安は恐怖を連れてくる。
恐怖は体調を悪化させ、さらなる疑念の連鎖を生む。
この連鎖は精神の煉獄だ。
この連鎖を断つのは、ボクの役目だ。
これまでもずっとそうやってきた。
でも今回は嫌な予感がしていた。
それは美月も同じだった。
絶対的な信頼をおける主治医。
その主治医が入院勧告の際、大きく首をひねっていたからだ。
病状を知らせる診察も、どこか歯切れが悪かった。
美月の主治医を長年見ているが、初めての反応だった。
二人で夕飯を食べる。
今夜が入院前の最後の晩餐だ。
「テレビはいいのか?」
いつも食事時にテレビをつけたがる美月だが
今日はリモコンに手が伸びなかった。
「うん、ゆっくりお話したいから」
柱の掛け時計の針の音が、
コチコチとやけに大きく聞こえる。
静けさが、いやがうえにも微妙な雰囲気を
強調してしまう。
「かなちゃん・・・」
「うん?どうした」
箸を止めて顔を上げる。
「人間って死んだらどうなるのかな?」
ボクは答えを持ち合わせていない。
いつもなら弱気な美月を否定するために
怒鳴っているところだが、なぜか今回は
正面から受けてあげなければと思った。
「わからない。でも多くの宗教では死後の世界
とか言ってるんだから、何かあるかもしれないね」
「うん・・・」
ポツリと呟く。下を向いてご飯を口入れる。
「今日は怒らないんだね」
「お嬢様がご希望とあらば、いつでも怒鳴りますよ」
とわざとおちゃらけて言ってみた。
美月が苦笑いする。
微妙な不安と予感が二人の間を
ギクシャクさせていた。
食後はデザートにイチゴを食べた。
冬のイチゴは美味い。
でも本来イチゴは夏の果実だ。
人間の勝手でイチゴも迷惑しているだろうな、
そんな雑談をしながらリビングでの時間が過ぎた。
美月の部屋に布団を敷く。
昼に舞子さんが来て、しっかり干しておいてくれた。
冬の貴重な太陽の恵みが、布団にもしっかり残っていた。
「おやすみなさい」
パジャマに着替えた美月が
音もなくスッと部屋に入っていった。
ボクも風呂に入って
床についた。
明日は、美月を病院まで送り届ける予定だ。
どういうルートで病院まで行こうかと考えている間に
直ぐに睡魔が襲ってきた。
ふと目が覚める。
枕元にある置時計を見ると
夜中の2時だった。
エアコンのせいか、
やたらと喉が渇いていた。
水を求めてキッチンに向かう。
美月の部屋の前にさしかかると、
中からシクシクと泣き声が聞こえた。
眠気が一気に覚めた。
昔の悪しき辛苦の日々の記憶が
甦ってきた。
「美月、入るぞ」
ドアをノックして開ける。
人影が布団の上に座っていた。
電気を点けると目を真っ赤に腫らせた
美月が息も絶え絶えに泣いていた。
ボクの顔を見ても声すら出せずにいた。
本当は悲しかったんだ。
辛くて、不安で、怖くて仕方がなかったんだ。
それをボクはわかっていたハズなのに。
ますます涙が流れる。
こんなにたくさんの涙を見るのは、久しぶりだった。
泣くことしかできない美月を
そっと寝かせてボクも一緒に布団に入る。
美月がぐっと体を近づけて
ますます激しく涙を流す。
本当に子供みたいだった。
肩に触れると微かに震えていた。
泣き声のためだけではない。
恐怖のためだ。
「どうした。何かあったのか?」
不安になって問いかけた。
「ベットであたしが死んじゃう夢。
でも一人で死んじゃうんだ。誰にも知られず寂しく。」
涙声でかろうじて、切れ切れに声を出す。
「そんなの夢でしかないよ。それにほら、
夢は人に話すと正夢にはならないって言うだろ?
だからもう大丈夫だ」
そういい切ってあげても、慰めるが効果は無かった。
どう頑張ってもボクの言葉は軽い。
悪夢の背景にある事実が、
圧倒的な力とリアリティを持っている。
不安がる美月の傍に居てやる以外
できることがなかった。
ぐっと美月を抱き寄せた。
人の体温を感じることで安心できるという
原始の記憶に訴えかけたかった。
その時、ふと気がついた。
明らかに体の線が細くなっていた。
食べ物と運動量はボクが知り限り
これまでと変わってない。
どうして急に痩せたのだろうか。
またまた嫌な予感が頭をよぎる。
大きな不安を抱えながら
泣き疲れた美月と共に
朝を迎えた。
by nanase-kana
| 2013-02-17 12:34
| 回想