冬の悪魔


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いつもの病室。





美月がいつも個室なのは
母の配慮だ。

もっとも、美月は大部屋の方が
寂しさもまぎれるのでいい、といって個室を嫌っていた。

しかし母の心遣いである以上、おおっぴらにそれを
口に出すことはなかった。

それに大部屋だと、例の発作が起きた時に
周囲を騒がせてしまう。
だからボクも母も個室の方がありがたいのだ。







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「また来ちゃったね、ここ」

力の抜けた乾いた微笑みに
ボクはどう返してよいかわからなかった。


「着替えはここにおいて置くよ」

持ってきた旅行鞄を長ロッカーの上に置く。
どうしても美月と目を合わせることができなかった。

目を合わせれば、途端に不安な顔が
飛び込んで来るような気がしたからだ。


「かなちゃんはこれからお仕事なんだよね?」

元気のない、それでいてボクに思い切り気を遣った
探りを入れるようなトーンで話しかけてくる。







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「午後から出勤だから、午前中はここに居るよ」

少しだけホッとしたような表情をした。


ガラリと病室の大きな引き戸が開いた。
そこには安心できる見慣れた顔があった。

看護師の渡辺さんだ。

昔から専属担当ともいえるほど
ボクらによくしてくれている。


「こんにちは美月ちゃん。
今回もばっちりサポートするから何でも言ってね。」

「はい、ありがとうございます」

「何だか元気ないわね。心配事があったら何でも話してね」

さすがだ。ほんの少しの会話で
美月の精神状態を見事に見抜いていた。

しかし、渡辺さんもいつもよりテンションが高い。
このテンションに少し違和感、というか演出めいたものを感じた。


テキパキといつもの手際で
検温やら点滴の準備やらを始める。
渡辺さんのこの風景も見慣れたつもりだったが、
今日はなぜか新鮮に感じた。







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「午後から検診始めるから、ゆっくり横になっててね」

ニコっと笑う渡辺さんの顔に
ボクも美月も段々いつものペースに
戻ってきたような気がした。

「そろそろ会社に行くから、
何かあったらケータイに電話かメールするように」

「うん」

少し心配そうな表情をする。


「会社が終わったらまた直ぐに来るよ。」

少し嬉しそうな表情をする。

美月の長い髪の毛を撫でて
頭をポンポンと軽く叩きベッドを離れる。








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刹那にぐいっと引っ張られた。
美月がボクの服を掴んでいた。

眉間に皺を寄せ、困ったような悲しいような
そんな顔をしていた。


「・・・怖いのか?」

「うん」






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本当ならボクも一日居てやりたい。
でも残念ながら午後からの仕事は
どうしても外せなかった。

「ごめんなさい。迷惑かけちゃダメ・・・だよね」

「こっちこそゴメン。直ぐに戻ってくるから」

そこに声が割って入った。

「美月ちゃんの事は、私が責任持ってフォローするから大丈夫!」

渡辺さんだ。
ガッツポーズに満面の笑みだ。
この笑顔を見たらどんな患者でも
こころ穏やかになるかもしれない。







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「ここは渡辺さんに甘えさせてもらいます。
美月をよろしくお願いします」

美月も渡辺さんの笑顔で、安心してくれたようだ。
掴んでいたボクの服を離して、ベッドに横になった。

「いってらっしゃい」

「ああ、直ぐに戻るよ」








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病室から出て廊下を歩く。
大きな建物なので結構距離がある。

病院の正面玄関まで来たところで
ピンク衣の看護師さんが息を切らせながら
ボクに声をかけてきた。

渡辺さんだった。

はぁはぁと肩で息を切らせながら
いきなり早口でまくし立てて来た。

「今回は辛い治療になるわよ。
だからお兄ちゃんもしっかりしてね。」

渡辺さんのあまりの真剣な眼差しに
ボクは身が引き締まる思いに駆られた。

それと同時に、美月の病状が予想以上に
酷いことを間接的に宣告されたことになる。







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「明日、先生からお兄さんにお話しがあります。
できればお母さんも連れてきて」

いつもの病状説明なのに、母を呼ぶことを勧められた。
ボクは緊張と不安で、足元が震えた。


一気に心臓がキュンと縮み心拍数が上がる。
自分でも明らかに緊張しているのがわかる。

ああ、そうだ。
予想以上に悪いのだ。







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怖くて怖くて口にできなかったが
聞かないまま過ごす方がもっと怖い。
恐るおそる口角を動かす。

「かなり良くない・・・ってことですか?」

ボクは期待した。
渡辺さんが否定してくれることを。


「ええ、そうよ。詳しくは明日先生から聞いて。」

ボクの期待は見事に裏切られた。
心配で内臓が押しつぶされそうだった。

玄関から外に出る。

見上げると
冬の鉛色の空に大きな積雲が
モクモクと成長していた。

天気予報では午後から雪の予報だった。







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冬の悪魔が静かにやってくる。
そんな心境だった。

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by nanase-kana | 2013-02-24 16:33 | 回想


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