希望論理


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午後からは重要な打合せだった。




なるべく美月のことは考えないように
仕事に集中した。

不思議なモノで
環境が変わって使命感に駆られると、
心配事も忘れてしまうらしい。

人間とは惨いものだ。
大切な身内に危機が迫っているのに、
スイッチをパチリと切り替えるが如く
忘れることができるのだ。

我ながら自己嫌悪に陥る。







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万が一妹が死んでしまったとしても、
ボクは数日間涙を流しただけで
普通に仕事をし、普通に友達と談笑し、
普通にご飯を食べ、普通に趣味に興じるのだろう。

本当に惨い話だ。
人間でありながら人間の心がわからなくなる。







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忘れるという機能は
人間が生きて行くために必要だ。
でも、忘れることほど残酷なこともない。


時計を気にしながら、順調に仕事をこなす。
普段はコーヒーを飲みつつ
ゆったり仕事をする午後だ。
でも今日は定時きっかりに上がりたい。







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休憩も取らず一心不乱に
溜まっている仕事を片付け続けた。








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夕方5時半。定時になった。
しかし運悪く上司に捕まってしまった。

さらに不運が重なる。
インフルエンザで休暇した同僚の仕事が
今日締切りだった。

それにボクが急遽あてがわれてしまった。
間違いなく終わるのは深夜だ。








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携帯電話でメールを打つ。

~ゴメン、今日は遅くなりそう。
直ぐ帰れるように頑張る~

どうもこの携帯電話の入力というヤツはニガテだ。
ボクがぶつぶつ言いながら入力していると、
周囲の女子が覗き込んで来た。

「なになに?彼女に帰りますメールしてるの?」

冷やかしと噂話が大好きな女性社員だ。
しかし付き合ってる暇はない。

適当にあしらい直ぐにパソコンに向かって
仕事を始める。
かつてない集中力で報告書を作り上げる。

すると、ブゥーンブゥーンと
マナーモードの携帯電話が鳴った。
カチャリと画面を開く。







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~うん、お仕事頑張って。
あたしのためにゴメンね。
本当にゴメンね。迷惑かけてばっかりだね~


遠慮深い文から
寂しさを感じる。

誰よりも不安なのに
敢えて距離を取る様な表現をする。

本心は逆だ。

「早く帰って来て!」と
心の中で精一杯で叫んでいるに違いない。







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報告書を書き上げて上司に提出する。
時計の針は、夜の9時を指していた。

大急ぎで帰り支度をして駅に向かう。
電車に飛び乗ると、
いつの間にか携帯電話の画面に
「新着メール1件」
と表示されていた。

慌てて開封すると、母からだった。
病院から連絡があって明日は運良く
帰国できるとのことだった。

よかった。








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母からのメールを読んでいる間に
もう一通の新しいメールが来た。

舞子さんからだった。
母が来れられない場合は
主治医からの説明を
一緒に聞いてもらうつもりだった。

幸い舞子さんも
来てくれることになった。
久々に舞子さんと母が揃う。

メールの返信をしているうちに
最寄駅に着いた。
改札まで全力疾走し、冬の寒さを感じる間もなく
道路に出てさらにスピードを上げた。








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橋を渡り、夜間受付を通過し、病室に向かった。
ノックもせずにドアをガラリと開けると
美月はベッドでスヤスヤと寝息を立てていた。

汗まみれになったボクに対して
あまりに安心しきった顔で寝ている美月。

今日は大丈夫だった。
心配が杞憂に終わってよかった。
全身の力が抜けた。

鞄を投げ出すとベット脇の椅子に
ドサリと体を預けた。

するとドアがスーっと静かに開いて
看護師さんが入ってきた。

渡辺さんだった。

ボクが挨拶をしようとすると、
彼女は人差し指を一本立てて
鼻に当てた。


「しーっ。今はよく眠ってるから」
と小声で言った。


病室から出て、待合室の椅子に座って話をする。
ボクが居ない間の美月の様子を教えてくれた。







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「ずっと黙ったまま外を見てたわ」

それが美月の様子だった。
話しかけてもほとんど反応はなく、
愛想笑いばかりで会話が続くことは
なかったらしい。

ボクが美月と出会う前・・・
つまり彼女がボクの妹になる前は、
実はずっとそんな様子だったらしい。

だから渡辺さんは
美月のことを”会話がニガテで無口な子”
だと思っていたらしい。







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考えてみれば、
いつ治るかわからない病を抱え
長い間室内での生活を強いられ、
周囲から白い目で見られて来たのだ。

ましてや、唯一の心の拠り所である身内からでさえ、
「お荷物」と酷い扱いを受けたことだってある。

そんな夢も希望も無い生活を送ってきたのだ。
いや、そんな生ぬるい言葉ではないだろう。
彼女にとって、絶望こそが「人生」そのものだったに違いない。

それがどんなに辛く厳しいものなのか、
平々凡々たる人生を送ってきたボクには
想像もつかない。







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その絶望的な人生から浮上したと
思っていたところで、また闇に落とされた。

まるで、一生懸命舞おうとしている蝶が
羽ばたけば羽ばたくほど、クルクルと回りながら
地に落ちてゆくような感覚。








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ボクが美月と同じ人生を歩んだとしたら、
今の状況で何を考えるだろうか?

人間の心に一番必要なものは希望や夢だ。
もっと平たく言えば、やりたいこと、
欲求や欲望が生きる原動力になる。

だから人は努力したり、工夫をしたり、
好奇心を持ったりといろいろな動きをする。

でも、その原点である希望を
根こそぎ失ってしまったら?

自分は何をやっても無駄だ、
何をしても意味が無いのだ。

そう考えると今の美月の心境が
少しだけ理解できるような気がした。

努力は報われなければならない。
でも、現実はそうならない。

渡辺さんの話を聞きながら、
美月に希望を持たせることが
ボクの役目だと悟った。








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明日、どんなに厳しい宣告をされようとも、
たとえ全世界が敵に回ったとしても、
ボクだけは最後の最後まで美月の希望を
導いてあげなければ。

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by nanase-kana | 2013-03-03 10:21 | 回想


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