逃避
「それ、あたしが噛んだんでしょ?
あたし、かなちゃんに酷い事したんでしょ?」
「・・・覚えているのか?」
「本当は覚えてないの。
ゴメン、上手く言えないけど、
あたしの中にもうひとりあたしが居るの。
そのもうひとりが邪魔すると、あたしは何もできないの」
どういう事か理解できないが、
美月は美月なりに自分のことを分析し、
冷静に考えることができるようになったのだろう。
これもカウンセリングの効果だろうか。
藤崎先生に呼び出される。
診察室で二人きりになる。
先生がカウンセリングの話を切り出す。
素人のボクにも理解できるように
状況を優しく解説してくれた。
美月は幼い頃に暴力を受けた。
そして親に見離され孤独になった経験を持つ。
子供にとって絶対の安全基地である
親から攻撃を受け、愛情も注がれない。
これは絶望以外の何物でもない。
そんな時、壊れそうになる自分を繋ぎ止めるために
人は心にバリアを張る。
そのバリアは時にいろいろな形を取る。
美月の場合は、自分の心の中に
もう一人の無敵のスーパーヒロインを作り、
それに成りすますことで、
自分を保ってきたのだという。
これは決して珍しいことではなく、
幼い頃に過酷な目にあった人間は、
レベルの差こそあれ、
経験することだという。
いわば、現実の世界で
生きられなくなった子供が
空想の世界に逃れることで、
生きようとする防衛反応だ。
それが本格的に表に出始めると、
解離性同一性障害、
俗に言う二重人格になるらしい。
美月はそこまでは行っていないが、
傾向としては似たものだという。
おそらく、病の再発で追い詰められ、
そこで昔の人格(防衛反応)が出てきたのだろう。
抑圧された状況は
容易に人の心までも変えてしまうのだ。
by nanase-kana
| 2009-06-09 07:44
| 回想