付き添い
午後から陽射しが強くなってきた。
点滴を刺すだけの地味な絵だが
いつも周りは不安に苛まれる。
当の本人は慣れたもので
ケロりとした顔をしているが、
さすがに今回は勝手が違うようだ。
今日は仕事を休んだ。
幸い有給休暇は売るほど余っている。
「かなちゃん、仕事行かなくていいの?」
ベッドに横たわりながらも
こちらに顔を向けて話しかけてくる。
「ああ、今日は休みだよ」
そう言いながらわざと
美月の手を握ってゆらゆらさせる。
少し表情が緩む。
目が優しくなり固い表情が和らいでいた。
「うん。ちょっと眠いから・・・」
と美月がボクの手を握ったまま
目を閉じた。
掛け布団の中に手を戻し、
冷えないように位置を整えて
病室の椅子に座り直した。
陽射しが眩しかったので
ブラインドを閉じようと
窓際に寄った。
庭の木立に止まったスズメたちが
チュンチュンと元気よくさえずっていた。
光が眩しい。
日なたは気持ち良さそうだった。
世界は実に平和だった。
すべてが幸福に包まれているように見えた。
でも、硝子一枚隔てた
窓のこちら側は
過酷な闘いの最中だ。
このコントラストに
ボクは奇妙な違和感を覚えた。
どうしてボクの妹だけが・・・
と思ってしまう。
今さら無意味な問いとは知りつつも
口をついて出そうになる。
すっかり眠りについた
美月の顔を確認して
病室の外に出る。
廊下で舞子さんと母が話していた。
こうして並ぶと本当にそっくりだ。
双子ではないが、そう言われても
疑う人は少ないかもしれない。
3人で今後を話し合った。
これからは何が起こるかわからない。
極力病院に誰かが居るようにしよう
ということになった。
昼間は舞子さん、夜はボクが付き添うことになった。
母も極力来るようにし、厳しい部分はあゆちゃんに
お願いすることにした。
幸いあゆちゃんは、今、学校が休みなので
時間が空いている。お願いすればきっと
全面的に協力してくれるだろう。
夕方になってから点滴が終わった。
美月はまだ眠っていた。
少しズレた布団を直す。
母が美月にぐっと顔を近づけた。
身動きせずに我が娘の顔を見ていた。
悔しそうな顔をしたあと、ボクに
その場を託して出て行った。
きっと泣いているに違いない。
舞子さんがそう言った。
ボクもたぶんそうだろうと思った。
夜になりボクだけが残った。
母と舞子さんは明日に備えて帰っていった。
付き添う方もきちんとペースを守らないと
長丁場で持たない。
付き添う方が健康を損ねてしまっては
意味がないのだ。
ソファーの上で目を覚ますと
美月がベットの上で、うんうんと唸っていた。
顔は脂汗でびっしょりだ。
「痛いよぉ」
「どこが痛い?お腹か?」
「違う。全身が痛い」
初めての副作用だ。
直ぐにナースコールをして
看護師に来てもらう。
これまでも痛みに襲われることはあったが、
ここまで露骨に痛がることはなかった。
痛みに対する耐性は、幼い頃から相当あったからだ。
看護師さんも手に負えず、医師に緊急連絡をする。
それから30分ほど騒がしい状況が続き、
美月には別の薬が投与された。
症状がよくなったわけではない。
単に痛みが我慢できるレベルまで
下がったに過ぎなかった。
美月の目は虚ろだった。
話かけてもほとんど反応は無かった。
強い鎮痛剤に当てられて
睡魔に抵抗できていないらしかった。
初日からこの状況だ。
明日からが思いやられる。
ボクは美月の手を握ったまま
朝を迎えた。
朝食になる前に舞子さんと
バトンタッチすることができた。
美月の痛みは相変わらずだった。
昨晩よりはマシだったが、激痛のために
何も口に入れることはできなかった。
看護師を待たずにそのまま
直ぐに意識を失って眠りについてしまった。
きっと全身で病魔と闘っているのだろう。
そうだ。これはきっと良くなる兆しだ。
そう信じ込もうとした。
しかしこの日を境に
状況は悪くなるばかりだった。
by nanase-kana
| 2013-03-16 19:17
| 回想