「塔のへつり」の奇跡

母の姉の舞子さんが観光ガイドを
してくれることになった。
というのは名目で、
実は美月のフォローをお願いしていた。
舞子さんは元看護師。
とても頼れる存在だ。

大内宿へ向う道すがら
「塔のへつり」に寄る。
ここは河が大地を浸食して出来た断崖が
観光名所になっている。

美月の眼が輝く。
重いにもかかわらず、
颯爽とカメラを構えていた。
軽やかなシャッター音が河に響く。
「ふふふ、美月ちゃん、楽しそうですね。
私まで写真に興味持っちゃいそう」
舞子さんが風のように笑う。

母と外見こそ似ているが
性格はまったく違う。
いい意味でルーズというか大らかというか
そういう安心感がある。

「ええ、あいつはもう写真の虫ですから」
二人で笑う。
河にかかるつり橋の真中付近で
美月が振り返る。

「かなちゃ~ん、ここからすごくいい景色見えるよー!
早くおいでよー!」
ボクに向って手招きする。

ここで重要なことに気が付いた。
その事実に思わず足が震えた。
美月がメガネをかけていない。
もちろんコンタクトもしていない。
メガネがなければ、
歩くこともままならない視力。
そして病によって残された視力も
急速に悪化していたはずだ。
それなのにどうして「いい景色」と
判断できたのだろう?

素早く美月に近づく。
「美月、目が見えるのか?
この風景が見えるのか?」
「あっ・・・うん」
美月自身も今気が付いて
驚いたようだ。
試しにちょっと離れて
ボクは指を3本広げて見せた。
以前なら絶対に見えない距離だ。

「美月、何本に見える?」
「3本」
一瞬の迷いもなく答えた。
本当に見えている。
なぜかは分からない。
でも確実に見えている。
感極まって
二人ともつり橋の上で泣いた。
周りの人は何が起きたのか
分からず奇異の目で見ながら
橋を渡っていった。

話題に取り残された
舞子さんが不思議そうな
顔でたずねてきた。
「あの、一体これは・・・」
ボクは興奮のあまり話をまとめきれずに
ワタワタと話した。
しかし、舞子さんは理解してくれた。
舞子さんも目が潤んでいた。
3人とも河の真中のつり橋の上で
泪を流していた。

この事実を素直に喜びたいと思った。
神様は本当にいるのかもしれない。
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by nanase-kana
| 2008-08-24 19:32
| 回想