山の喫茶店で
次の朝、美月がリビングに降りて来た。
「美月、母さんから話しは聞いた。
全部話してごらん」
ブワっと両目から涙が溢れていた。
感情が高ぶっていた。
落ち着くまで少し待つ。
美月が涙を拭いて冷静になる。
話しの内容は母から聞いたものと
相違は無い。だがやはり過去の体験が甦って
悩みが深く複雑になったようだ。
「美月はこの先どうしたいんだ?
もちろんこのままこの家に居てもいいけどな、
何もしないっていうのは・・・」
「うん。でも何していいかわかんない。
楽しいことはたくさんしたいけど」
これまで病苦に苛まれただけの人生。
突然解放されたのだ。
何を目標にしていいのか、わからないのは無理もない。
これ以上考えさせるのは今は無理だろう。
気分転換をさせよう。
「美味しい紅茶でも飲みに行こうか」
ボクは思いつきで言った。
美月がきょとんとした顔をする。
「今は根詰めて考えても答えは出ないと思う。
これからゆっくり考えればいい。母さんのことは俺に任せろ」
涙を拭いながらも美月の顔が明るくなった。
午後から二人でちょっと遠出をする。
電車に乗って紅葉が綺麗なスポットまで出る。
山奥の閑静な喫茶店へ入る。
周りは山と渓谷。紅葉真っ盛り。
都会の喧騒とはまったく無縁のお店だ。
美月は紅茶を頼んだ。
ボクはコーヒーだ。
自家製のチョコレートケーキをほおばる。
美味い。ほどよいチョコの苦味と甘さが
絶妙のバランスだ。
ゆるやかで優しい時間が流れる。
こういう時間を過ごすために普段忙しなく
生きているのかもしれない。
そう思えるほどの優しい時間。
山の喫茶店の外では
ネコが寒そうにしていた。
by nanase-kana
| 2008-11-23 07:45
| 回想